【固定概念をぶち壊す】ウクライナってどんな国?【体験談①】

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ウクライナってどんな国?

日本に旅行に来ていたウクライナ人のナタリア事ナターシャ(ナタリアの愛称)に出会ったのが2019年1月。
彼女とはほんの数日しか会いませんでしたが、
意気投合した私たちは、
お互いに
リヨンで
ウクライナはオデッサで
会おうね、と約束したのでした。

さて、2019年夏。
ナターシャから
「オデッサに来ないの?」
とメッセージが届きます。

そういえば!
大学院が9月から始まるので、長期休みもなかなかとりにくくなるので
この機会に!と思い、オデッサ行きのフライトを早速ゲットしました。

首都
ウクライナの首都はキエフ
第二の都市 ハルキウ
第三の都市 オデッサ

ナターシャの話によると、その地方地方で全く雰囲気や景観も変わり
まるで違う国にいるかのように感じるとの事。
わたしは人目でオデッサが気に入ってしまったので
今回はずっとオデッサに滞在していたのですが
ぜひとも他の都市もめぐってみたいと心からおもえました.
政治事情

現在のウクライナは1991年のソ連崩壊後に独立した国家。

独立後、ウクライナ国内には大きく分けて、

①ヨーロッパ諸国やアメリカなどの西側諸国との関係発展を基に

将来的にはEU加盟・NATO加盟を目指す親欧米派の人々

②CIS(旧ソ連構成諸国による独立国家共同体)の枠組みの中で

ロシアとの関係を大切にしながらの政治を目指す親ロシア派の人々

の政治対立が常にあります。

①の政治組織を支持する人たちは主に、ウクライナ語を話し、ロシアやソ連時代の政治に対し否定的であり、西ウクライナ出身

②の政治組織を支持する人たちは主に、ロシア語を話し、ロシアやソ連時代の政治に対し比較的肯定的であり、東ウクライナ出身

つまりこれらの対立には、


① 言語対立(ウクライナ語かロシア語か)

② ロシアに対する姿勢(否定的または肯定的)

③ 地域対立(西ウクライナと東ウクライナ)


の3つの対立軸があるといえます。


人口
約4500万人(2012年)
面積
約60万㎢(2012年値)
地理

ウクライナの国土のほとんどは、肥沃な平原、ステップ(草原)、高原で占められている。ドニエプル川、ドネツ川、ドニエステル川が横切っており、南のブーフ川とともに、黒海、アゾフ海に注ぎ込んでいる。黒海北岸にはクリミア半島が突き出しており、ペレコープ地峡でウクライナ本土とつながっている。

南西部にあるドナウ・デルタはルーマニアとの国境になっている。

山岳地帯は、ウクライナの最南端のクリミア山脈と西部のカルパティア山脈にしかない。最高峰はカルパト山脈にあるホヴェールラ山(Говерла, Hoverla)で標高2,061メートルある。なお、これ以外の地域も平坦というわけではなく、東ヨーロッパの中では比較的起伏の多い地形をしている。

気候は温暖な大陸性気候であるが、クリミア半島の南岸は地中海性気候により近い。降雨量は局所的に偏っており、北部や西部は多く、南部や東部は少ない。冬は黒海沿岸は涼しいが、内陸に行くにしたがって寒くなる。夏はほとんどの地域で暖かいが、当然南に行くほど暑い。


わたしが滞在したオデッサは南に位置し、人もウクライナの中でものほほんと穏やかで

どこかバカンスムードが常に抜けない場所なのだとか。

それもそのはず、この地は、黒海に面し、常にロシア人、イスラエル人をはじめ

近隣諸国のバカンス地として長年愛されてきた場所だからなのです。

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歴史
 
クライナの歴史を一言で語るのは難しいため、
皆様の興味をそそりそうな点だけかいつまむと

現在のウクライナで人類が現れたのは旧石器時代初期、約30万年前。
原人段階の人類は中東からカフカス山脈とバルカン半島を経て、黒海北岸へ移動してきたようです。

ロシアとの微妙な関係などを経て、第二次世界大戦後、ウクライナ社会主義共和国の国境は旧ポーランド領であったハリチナー地方などを併合して西に拡大し、ほとんどのウクライナ人が単一国家の下に統合された。ソビエト連邦内では、ロシアに次いで2番目に重要な共和国となり、「ソ連の穀倉」といわれるようになったそうです。


そのためか、確かにウクライナでは様々な種類の野菜や穀物、海産物を見かけました。
どれも地元でとれたもののようで、とーーーっても新鮮!
だから食事もとってもおいしかった…!
通貨
フリヴニャ UAH

2019年9月1日時点で

100円=22.43フリヴニャ

2007年インフレ率 12.8%
2019年インフレ率 9.8%


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※ ウクライナでは古い紙幣は使用できなくなる事もあるようで
ウクライナの人はは手持ちの紙幣のうち古びたものから先に使おうとする傾向があるようです(笑)
紙幣にはウクライナの遺跡、キエフ洞窟大修道院、城跡の跡や、ウクライナという国にとっての重要な人物が多く描かれています。

治安

治安は、といえば、
私が滞在したオデッサでは、スリやひったくりなど
盗まれるような心配はまずありませんでした。
もちろん、注意をするに越した事はない、とは言われましたが
それでも安心して夜も外出する事ができました。

むしろ、こちらが外国人だという事がわかると
なぜかウクライナ人の方たちがやたら優しくなりました(笑)

身振り手振りでしかコミュニケーションできませんでしたが
本当にみんな優しかった!



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だいぶ内容てんこ盛りになったので、続きます②





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